Class of 2018 – Case4

留学形態:私費
勤務先:American Express
職歴:5年
職種:事業戦略、技術者
大学名:カリフォルニア大学サンディエゴ校
大学時代専攻:物理学
GPA: 3.7
TOEFL: 免除
GMAT: 680 (V34/Q49/IR7/AWA6.0)
海外経験:米国6年間

Why MBA?

1. 昔からの憧れ
子供の頃カッコイイと思ったフォードのエンジニアの知人が、MBAを取りにアメリカに帰国して以来、MBAに対する強い憧れがあった。

2. 包括的なビジネススキル取得
経営やクロスインダストリーでバリューを出すためには必要不可欠だと感じたため。

3. キャリアのステップアップ
今後はアメリカで生活していきたいと考えているが、アメリカは日本よりも学歴社会であるため自分への投資、ステップアップとして学位を取得しておきたかった。

 

Why Fuqua?

結論から言うと、バランスです。私が求めていたものに総合的に一番どんぴしゃだったためです。

出願時に伝えたWhy

1. Strength in General Management
伝統的かつ包括的であり、どの分野においても有名でバランスのとれたカリキュラムが非常に魅力的と感じたため。

2. Leadership
受験では多くの方々に助けて頂きましたが中でもDukeの方々の人格が際立っていたこともあり、Dukeにいけば「チームを最重要として考える」「困っている人には自分から手を差し伸べる」リーダーに一歩近づけると感じました。また、DukeのリーダーシップはTeam Fuqua (チームの団結力を表すFuqua独特の言葉)のカルチャーから来ているもので、この環境でチームと言うものを一から学び、今後の組織やチームの中でも周りをMotivateしてチーム全体をMaximizeできるようなリーダーになりたいと思いました。事実、キャンパスビジットに行った際も、受験生が待機するオープンなスペースがあるのですが、ひっきりなしに在校生の方々が来て積極的に受験生に話しかけてくれました。皆さん全てボランティアで自発的に行動し受験生に歓迎の意を伝えて下さったことはとても心強く感じましたし、どうにかして受験生の助けになろうと手を差し伸べる文化に触れ、本当に感銘を受けました。小さなことかも知れませんが、インタビューを控え緊張している受験生にとっては、とてもありがたいものでした。受験中に日本人在校生の方々とお話しした時にも感じたことですが、「助けを求めれば快く応じてくれる」環境はあっても、こうして「積極的に相手から手を差し伸べてくれている」と感じたのはDukeだけだったように思います。

これは余談ですが、こんな話を聞いたことがあります。ある真珠を扱う会社では、研修として新入社員にまず沢山の本物の真珠を見せるのだそうです。そうすることで、最初は真珠についての知識が全くなくても、そのうちに偽物を見たときに「何か違う」と感じる感覚が養われるのだということでした。最初に沢山の本物を見ることが、本物を見分ける力を育てる。これは真珠に限らずあらゆる場面において同じことが言えるのではないかと思います。Fuqua には「こんなリーダーになりたい」、そしてそれ以前に「自分もこんな人になりたい」と思える方々が沢山いらっしゃいました。問題対処の仕方、社会人として誠実さ、効率と成果、ワークライフバランス。将来の目標設定や努力の仕方。教科書以外からも肌で感じて学びたいことは多々ありますが、Fuqua に来れば沢山の本物を見ることが出来ると思いました。

3. Environment
(アカデミックの環境)Team Fuqua. これに尽きます。3人の人間がそれぞれ100の力を出せば300という結果かもしれませんが、チームでそれを行った場合は500にも1000にも成り得る。仕事をする上で実はこのことがとても大切なのだと常々感じていました。どの学校にいっても今後自分が必要とする教科をクラスで学ぶことは出来ます。しかしチームで取り組むことに徹底して価値を置いて明言しているのはFuqua だけでした。また在校生卒業生の方々を見て、実際にTeam Fuqua のマインドが浸透していることを実感し、自分も是非そのような環境で学びたいと思いました。
(大学外での環境)大学がパートナーと家族を非常に大切にしてくれていること。住環境、治安の面で申し分無いこと。

Waitlistになって追加で伝えた Why

1. Blockchain and Technology
Financeの教授であるCampbell Harvey氏がBlockchainとIoTや製造業と繋げるような授業を世界に先立って行われていて、特に興味がありました。それ以外でも、テクノロジーの分野で非常に評判の良い教授が多くいらっしゃることに魅力を感じました。

2. Partners’ Activities
Fuquaはパートナー(配偶者)に対してのケアも非常に手厚いこと。仕事を辞め、自分の学生生活のために異国の地での生活をするパートナーが幸せな生活を送ることができるか。これはとても重要でした。チームを重要視するといっても、まず一番身近な家族というチームが機能していなければそもそも勉強することもできなくなるからです。Fuqua では学校の授業以外のほぼ全てのアクティビティーにパートナーが参加できるよう配慮されていますが、それらを通じて実際にサポート受けるだけでなく、パートナーも大学や地域のコミュニティに積極的に貢献して行きたい、ということをアドミッションに伝えました。

出願で伝えなかったWhy

1. Brand & 就活力
アメリカ国内での一般的な印象と、コンサル業界でDukeブランドが高いこと。私費留学生で就職活動が控えている自分にとって、願書で落とされない大学と言うのは必須でした。特に自分が興味を持つテック、コンサルの業界で実際に多くの内定実績を出していることにも注目しました。

2. Quality of Life
Environmentの続きになりますが、一部の細かい部分が私にとっては非常に魅力的でした。例えば
-南部(南部はサザンホスピタリティの文化で人が極めて穏やかでLaid Back、キリスト教の文化が根付いている)
-車での通学が可能(それも10分程度)
-物価が安い&住環境が良い。例えば、治安のよい地域で築浅140平米のアパートが1600ドル
-私立大学のため設備に恵まれている。(その分学費に反映されていますが・・・)

合格後気が付いたメリット

-卒業後も皆とても仲が良く、根強いネットワークが続いている。
-想像以上に学生が大学に誇りを持っている(バスケが強く、一丸となって学校を応援することなども理由だと思います)。
-軽井沢のような気候で過ごしやすい。ゴルフとテニスがやり放題。

 

受験プロセス

2013
1月:GMATを独学で勉強し始める。
2月:一人目の子供が生まれる。
6月:GMATを初受験、460という点数を叩き出して試験場のPCとGMACの度肝を抜く。
7月:これはまずいと濱口塾の門を叩く。
9月:GMAT590獲得(460に比べるとだいぶマシなので、少しだけ安心する)
10月:GMAT600獲得(今後は月に10点upのマイペースな計画を立てる)
11月:GMAT560獲得(死にたい)ボロボロになり、アドバイスを求めるべく濱口先生に相談メールを送る。「基礎が出来ていない人はいくらやっても点数は上がりません」と痛すぎる指摘を受ける。(合掌)

2014
7月:GMATは定期的に受験するも撃沈が続く。孤独感が増し死にそうだったのでアフィアンスの門を叩く。土佐先生を始め仲間が出来たことでモチベーションを保つ。
10月:GMAT600点付近をうろつく。この辺りはへこみ続けてあまり記憶もなし。
12月:セカンド出願を視野に今年最後のチャンスのGMAT受験。のはずが何故か日にちを一日勘違いする。受験前に来るはずのアラートもなぜか届かず。これは今年受験するなというお告げだと理解する。

2015
1,2月:妻が悪阻で廃人化。1月末で前職を離れ2月は有休消化。ここで集中してどうにか結果を出さなければ後は無いと思いつつも2歳児の世話に明け暮れざるを得ない状況。
3,4月:Prep では徐々に点数が700程度に安定してくるが本番に結びつかず。必死に勉強し続けるもMAX620の横這い。モチベーションの危機を迎える。「帝国」の二文字で吐ける境地。
5月:いよいよ朦朧とする。来月のテストで点数が上がらなければ、その点数で出願しようと腹をくくる。
6月: GMAT680獲得。自分の強みはテストではなく他にあると言い聞かせGMAT受験13回で終了。(嬉しくて)泣きながら帝国ホテルタワーを後にする。
9月:1R各校出願。第二子が生まれる。
10月:Fuquaは現地で面接もかねてキャンパスビジット。
12月:Fuquaからwaitlistの報告。他の学校も全滅。Fuqua Waitlist でひたすらネット検索。人生最悪の年末年始。二日間ふて寝してからセカンドに向けて立ち上がる。

2016
1月:セカンドで追加出願。インタビューまで行って落とされるとはインタビュー時に何か大きな間違いをおかしているに違いないと、デバリエ氏に面接指導を依頼。1時間のプライベートレッスンを2回受ける。在校生の方とSkypeを何度か行いアドバイスを頂く。本来のエッセーとは別にFuqua へUpdateをいくつか送り、アピールをする。
2月:Fuquaのアドミッションがセカンドのインタビューのために来日。ファーストのwaitlist メンバーも呼ばれて面談。きっと50名くらいいて学校説明なんかを聞かされ、個別に話すチャンスは全くない可能性もあるかと予想、何とか記憶に残してもらおうと、手渡しするために思いの丈をまとめた資料を作成、キンコーズの最上質紙にプリントアウト。自分は日米二重国籍が故にアメリカ人枠での扱いになっているとのことだったので(ネイティブ達と対等に争うのはとても不利です)、日本人であることをアピールするため、銀座伊東屋で調達した和紙と浮世絵を資料ファイルに追加しサムライ魂を強調、意を決して会場入り。(実際は予想よりもずっと少ない人数でした)
3月:Fuquaから繰り上がり合格の電話。携帯に見えたDurham の文字は一生忘れられない。Fuqua合格の時点で他全ての大学は途中辞退。
4月:FuquaのアドミッションイベントであるBlue Devil Weekendに参加するためアメリカへ。初日にイベント会場へ入ると、在校生の方々が一斉に拍手で出迎えてくれる。辛かった3年間の出来事が走馬灯のように思い出され、思わず嗚咽。こうして合格を手に大学のキャンパスに立てている喜びをこれ以上無いくらいに噛みしめ、長かった受験生活がついに終わったのだと実感する。

 

受験プロセス

TOEFL

Undergraduateがアメリカの大学のため、免除
GMAT
これは間違いなく私の経験は参考にしないほうがいいと思います。ただ、皆さんが言う1~2カ月短期集中で勉強することはとても効果的だと思います。また、ある程度問題を理解した後(例えば濱口先生のやり方を完コピしたあと)に、OGの回答を理解し丸暗記するのは非常に効果的だと感じました。最後に点数が伸びたのもOGを1カ月かけてほぼ丸暗記した形で挑んだ時でした。(事実、700以上取られた方々はOGをバイブルとしているようです)。あとは試験中、右上の時間を非表示にしたことが大きなきっかけにもなりました。Prep に比べ本番の試験はとても焦るのですが、時間が表示されるとその焦りが倍増します。焦った所でそれ以上はやく解くことも出来ないので思い切って消しました。そのことで冷静を保つことが出来、スコアが伸びた気がします。

参考にならないながらも、私なりの経験を細かく言うと以下の通りです。

Quant:
理系だったのでそこまで苦労せずに済みました。とにかく計算ミスなく早く解くテクニックの取得に挑みました。テクニックは塾で大抵のことは教えてくれるので、あとは自分なりに応用すれば満点近い点数は取れるようになると思います。

CR:
ここは得意な部分であるにも拘らず、読むのが遅いために必ず2分近くかかりました。CRだけであれば満点近かった気がしますが、得意分野で2分掛けるのは実はとても致命的で、Verbalは本当に苦しみました。私はLSATのLogical Reasoning Bibleを使ってロジックの基礎から頭に叩き込みました。あとは質の高い(塾とかで用意されている)問題を解き、分かるまで何時間でも考えるというのを続けました。

SC:
もう、最後の最後まで理解できなかったので「OGだったらこういいそう」と「濱口先生だったらこう突っ込むな」の二つを想像しながら解きました。正直いまだにしっくりきません。

RC:
これは苦労の連続でした。どんなに時間をかけても正解率は5割行かないくらいなので、コメントは控えさせて下さい。

Verbal全体:
見てわかる通り、VerbalはCRだけ出来てもひどい点数になります。数学とCR満点を目指すと最高点が大体680になるようなので、それが私の限界として680でGMATは終了にしました。

IR:
これは、あんまり対策しようがないのですが、簡単に言うとデータと英語を早く読み取る練習が必要だと思います。QuantとVerbalを勉強すると自動的にIRの勉強にもなるのではないかと思います。仕事でデータ分析をされている方であれば、比較的簡単で満点も結構出るようです。私は特に対策らしい対策はしませんでした。

AWA:
これもアメリカの大学をでて、それも物理(ロジックに物事を伝える)専攻だったので、非常に楽でした。イントロ⇒1つ目の穴と改善方法⇒2つ目の穴と改善方法⇒3つ目の穴と改善点⇒結論。これだけ覚えて挑みました。大体満点とれたので対策はしていません。

全体を通して:
何をどうすればよかったか未だに不明ですが、最初から独学にせず一気に3ヶ月とかもう集中して片付ければ自分の人生はもっと楽だっただろうなと感じます。
エッセイ

[25 Random Things]
あまり考えず、客観的にみて自分がどんな人間なのかイメージしやすいような事を書きました。アメリカ人で受かった友人のRandom Thingsを幾つか聞きましたが、自分の提出したものは本当に真面目すぎたなと感じたので、もう少しユーモアのセンスを効かせたもの、具体的エピソードを含んだ25 Random Thingsでも良かった気がします。

[Team Fuqua Principles]
Diversityという分野でこのエッセーに臨みました。理由は①「見た目が外人」「田舎育ち」であったため小さな頃から差別と格闘していた経験が、自分の考え方や生き方に大きな影響を与えた。②Admissionのアジア担当が東京に8月ごろ来た時に「The Team Fuqua Principles essay is a lot harder than the Why Fuqua essay, but when you nail this principle essay, you nail it big time.」と言っていた。結果としてこちらの方がすっきり書けたかなと思います。

インタビュー

私の場合Fuqua は1st で出して、10月のOpen Interviewに挑みました。Open Interviewを選んだ理由としては(1)意欲を見せるため、(2)どうにかしてインタビューにたどり着きたかったため、です。インタビューをして下さったのは当時2年生でヘルスケア関連の方(韓国系アメリカ人)で、1時間みっちりWhy Fuquaやチームについてなど話しました。私が起業に携わった経験もあったので、そこに興味を持ってもらい、その起業プロセスにおけるチームワークについて話したりしました。(ちなみに、この韓国系アメリカ人の方はGenentechに就職されていました。)諸先輩方の体験談やブログを見てよく書かれていることですが、Fuquaのインタビューは比較的回答しやすいものが多く、非常にフレンドリーな雰囲気で行われます。会話も弾んでとてもうまくいったと感じても結果はDing/WLということが多く、自分もまさにそのパターンでした。

全ての受験を終えて今思い返せば、「自分はしゃべるのは結構得意だ、英語も普通に話せる!」と勘違いしたことが1st惨敗の原因でした。2ndと後に控えたFuquaのWaitlist対策も含め、まず最初にMANABI.stという所で、面接専門のカウンセラーからスカイプで2回ほど受講して、話す内容についての総合的なフィードバックをもらい、あわせて目線の置き方についてなどのテクニックも学びました。スカイプをするときに自分が相手にどのように映るか等のアドバイスをもらえた事は今後の就職活動にも役立つ内容でした。その後デバリエ氏に2度ほど直接指導をお願いしました。私のエッセーカウンセラーであるエドにお願いしなかった理由は、既に私のことを良く知っており、私の言葉が曖昧でも理解してしまう可能性を加味してです(エドにそうアドバイスされました)。デバリエ氏には、喋る内容の構成、ストーリー作り、効果的な言い回し、服装、持っていくもの、レジュメをラミネートにして持っていくテクニック等々、本当に色々と教えてもらいました。

 

最後に

長くなりますが、3点あります。ひとつは、Fuquaについて。そして、残り二つは私が苦労したGMATと受験全般についてです。

Fuquaについて
Fuquaは間違いなくフィットをどの大学よりも重要視していると思います。よく調べて(分からない部分は在校生や卒業生を捕まえてでもリサーチして)、エッセーとインタビューに臨んでください。自分のアピールと同じか、それ以上に大切なのが自分はDukeにフィットしてDukeにコミットしているというアピールです。

これはFuquaのアドミッションの方に直接言われたことであって私のケースがどうとかということではないので、その前提で読んで頂きたいのですが、今読まれてる方がWaitlistになったからといって絶対に心配しないで欲しいということです。Waitlistになる受験生の半分はその大学に見合わなかったということらしいのですが、あと半分は純粋に大学へのコミットが不明確であることが挙げられるそうです。コミットしていない受験生にオファーを出し、Rejectされた結果Yield(合格を出した人に対しての進学率)が落ち、ランキングが下がるのだけは避けたいと大学は考えているので、どうしても進学したいんだというコミットを示す事はとにかく大事だと思います。Fuquaに限った話ではないのかもしれませんが、Fuquaは特にフィットを大事にするので、そのフィットに賛同しコミットする方には非常に寛大な気がします。と、いうことでWaitlistになった場合は、絶対に積極的にupdateをしましょう。「No update, no way.」だそうです。

GMATについて
MBA受験は非常に長くて過酷でした。私の場合はGMAT460点から始まり、なんとか合格通知を手にするまで3年間かかりました。最初460が出たときは、履歴にこの数字が残されては完全にトップビジネススクールへの道は閉ざされたと感じました。それから合計13回受けましたが、GMATで玉砕する度に「妥協で簡単な大学に行くべきなんじゃないか」「自分にはそもそも挑戦する資格は無いんじゃないか」という気持ちが押し寄せて来て、まさに自尊心を一枚一枚剥がされていくような、精神的にとてもつらい道のりでした。しかし今こうして振り返ってみると、そのプロセスで学ぶことは多く、自分の人生にとても貴重な経験をもたらせてくれたと思っています。諦めなかったことで「自分は要領よく点数を出せる天才型ではないけれど、逃げずに取り組み続ける根性はある」と自信を持つこともできました。正直なことを言えば途中何度も心が折れましたが、その度に諸先輩方をはじめとする沢山の方々に励まされ、手を差し伸べて頂きました。もうダメだと自分の心が限界を見始めている時に触れる優しさは自分の心に響くものであったし、自分が将来こうありたいと憧れるリーダー像をはっきりさせてくれたことも、受験を通じての大きな収穫でした。

GMATの戦いはとても孤独です。孤独を紛らわせるために情報を集めようとネットを見ていると、いとも簡単にGMATの点数を達成している経験談ばかりが目についてしまい、ますます不安と焦りが募るという悪循環を繰り返していました。そんな終わりの見えない孤独な戦いに疲れ切っていた時、同じように戦っている仲間と出会えたのは非常に心強かったです。ともにGMATと戦う仲間とその辛さについて分かち合うだけで、あと少しだけ頑張ってみようという気持ちになることが出来ました。最近のGMATは点数が出た後にキャンセルができる等の制度になっているようなので、悪い点が出ようが何回受けようが、おそらく学校はそんなに過去に目を向けていないでしょう。集中力があり1,2度で目標スコアをクリア出来るタイプであればベストですが、それが出来ないのであればシンプルに「絶対に諦めない」これが合格か不合格かを決める鍵であったと思います。事実トータル3年を費やしスコア履歴もボロボロでしたが、そこをみて不合格はせずに面接に呼んでくれる学校もあった訳です。もうやめようと思った時に妻によく言われた言葉があります。「家族の誰かが病気になってGMATの勉強が物理的に出来なくなったわけでもない。政治的な問題でアメリカへ行けなくなったわけでもない。勉強して挑戦する自由があるのに諦めるのはもったいないから、出来る限りは挑戦し続けたらいいじゃない?」この言葉を思い出しながら必死にGMATは頑張りました。社費の方は1年という制限がある事が多いので、13回も受験できないかもしれませんが、TOEFL, GMATで苦労されている方がいらっしゃいましたら、3年かかっても10年かかっても諦めずに頑張って頂きたいとお伝えしたいです。

受験全般について
Don’t give up. 今となっては非常にチープな言葉になってしまいましたが、世の中の成功者が口をそろえて言うのには意味があると思います。26~32歳の日本人でMBAに興味を持ってなんらかのアクションをとる方が年間5000人くらいいるそうです。その中で諦めずに最後までやり遂げて海外のMBAに行く人(トップ校とか関係なくどこかに合格した人)は年間たったの200人弱らしいです。Don’t Give Upと言う言葉を知っていながら、そして「もう聞きあきた」と感じていながら、95%以上の人が実際には諦めてしまうということです。諦めることが許されない環境にいる社費の方々が最終的にビジネススクールに多いのは非常に合理的な結果だと思います。本当に困難な戦いですし、諦めないというのは非常に難しいと思います(私も5回ぐらい本気で諦めようとしました)。MBAの受験は孤独との戦いでもありますが、これは経営者の悩みに似ているとよく言われるように、きつくなったら「俺は今経営者としてのメンタルを鍛えられてるんだなぁ」とか「もう既にMBAは始まっている」と思いながら頑張ってください。諦めないだけでトップ数%に入れるのであれば、絶対に諦めないでください。それでも辛くなったときは、同じ志を持つ仲間か、心の底からあなたの挑戦を応援してくれる人を探して下さい。受験を終えた時に味わう快感と、見たことのない景色が突然目の前でひらけた感動を、是非皆さんにも味わって頂きたいです。今、渡米を目前にし、これから始まる生活への期待に胸を膨らませながらこれを書いていますが、私自身周囲の方々の助け無しにここまで来ることは出来ませんでした。もしもこれを読んでいる受験生の方々で、助けが必要な方がいらっしゃればいつでもご連絡下さい。今度は私が応援のバトンを皆さんに渡したいと思っています。